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「近松物語」 [映画]

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さくさくと歯触りの良い、快い体感を伴う美しい映像。
黒光りする大黒柱を思わせる力強い構図に、雪を噛むような繊細な清涼がほとばしる。
って、なんだこの変なポエム(笑)↑

いやもう、わたしは溝口健二&宮川一夫の画にすっかり惚れ込んでしまっているのです。
「山椒大夫」もそうだったけど、この画は、紛うことなき日本画といってよい。

日本画の特質は線描。線の美しさに徹底的にこだわる。
緊張感、やわらかさ、強さ、はかなさ、線にさまざまな表情をもたせ、髪の毛ひとすじまでも繊細に描ききる。
さらに、線描にこだわる姿勢は大胆で精緻な構図を生み出し、せせこましくなりがちな画面にダイナミズムをもたらす。
曖昧さのない明晰ですっきりした快い線と、大胆で動きのある構図、これが日本画のキモです。

もうひとつ、日本画の特徴として、色彩のとらえ方。
どうも日本画には、陰影という概念がないんじゃなかろうか、と思う。
光があたって陰ができる、その陰すら色彩としてとらえているんではなかろうか、と。
今日の色彩学では明度・彩度・色相が色彩の三要素としてジョーシキだけれど、日本画では「明度」の感覚が稀薄なような気がする。
日本画には無彩色という感覚がない。たぶん。
その感覚がいきつくところが水墨画。水墨の表現はけして陰影表現ではなく、豊かな色彩表現なのです。

溝口&宮川の画は、この日本画特有の線描と構図、色彩感覚を備えている。
時代考証が正しいとか、表層を真似た「和風」とかそういうことではなく、日本美術の本質を受け継いでいるのです。

それでもって、「近松物語」。
やっぱり、惚れ惚れする画だ。変なポエム2000字書けそうなくらい(爆)。
でも、もはやため息しか出てこない。


だけど、これ、近松じゃないよね。
親きょうだいや世間さまに追いつめられ、恥を晒すくらいならと、遂げられぬ思いに命を絶つ、その潔さが近松だとするなら。
この映画のおさんと茂兵衛は全然潔くない。どころか、見苦しいほど互いに執着する。

純然たる日本画によって描かれたのは、「ロミオとジュリエット」も顔負けのロマンス。
日本人の大好きな忠孝のココロをぶっちぎる恋愛至上主義。
ものすんごいギャップのある世界を、高いクオリティで描ききっている。
凄い。

おさんと茂兵衛が“ひし”と抱き合う姿は悲劇的で美しい。
同時に、生々しく、醜く、いやらしい。

それが溝口リアリズムといわれる由縁なんでしょうが。
そこんとこにはいろいろとやかましく文句を言いたい。
こーいうのがリアリズムですかあ? とか、
いやすごいけど、なんかさあ!、とか、
屁理屈にもならない、他愛もないことで、要するに惚れた弱みを晒すようなものなんだけど。

そういう訳で、溝口くん。
放課後、美術準備室で待ってるから来なさいね、って喧嘩を売りたくなるのだった。





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