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「雨月物語」 [映画]

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画面の黒がいちいちかっこよくて痺れる。
質感というか、存在感が違う。

“黒”という語は、“暗い”を語源に遡る。古来は色彩の名称というだけではなくって、暗い状態をも意味し、空間的な広がりを有する語でもあったらしい。
黒≦暗い、みたいな。
かつて、空間を把握できないほどの暗闇、暗黒の夜がごく日常にあった。たぶん、“黒”も“暗い”も意味の強さが現在とは異なっていただろう。
視覚を奪い、空間を滅ぼす、強くて恐ろしい黒。

「雨月物語」の映像の黒は圧倒的だ。
単に画面の一部を占めるというだけではなく、その黒さ暗さが虚の質感と広がりを持ち、画面を穿つ。
手を伸ばし、洞穴があいている訳ではないことを確かめたくなるくらい、空間を歪ませる重力。
あらゆる色彩と光を滅ぼすであろう暗黒でありながら、どんな華やかな色彩よりも鮮やかで艶やかでさえある。
溝口健二&宮川一夫のモノクローム・カラフル(勝手に名付けてみた。笑)。


源十郎が若狭姫の正体を知り、朽木屋敷から転げるように逃げ出す場面。
屋敷の内側から転じて、霧と靄のあわいに霞む屋敷の庭。画面右上に斜めに続く廊下は直角に折れて消え、斜向いのパースペクティブが深い奥行きをつくりだす。
画面左側を占める前景の樹木は闇を従えて黒いシルエットを成し、さらに画面上部へと枝を広げ、画面を被う。右下にも前栽の樹木、影が構図に重心を取る。
室内から廊下へまろびでる源十郎、障子が外れて倒れる、その倒れる位置。完璧な位置に完璧なタイミングで倒れ、画を完成させる、その正しさ。
黒の強さ濃さ、質感と広がり、奥行き、画面をかたちづくる要素のバランス、リズムの妙。構図の設計が完璧。

藤兵衛と阿浜が再会する場面。
絵巻物を広げるように滑らかに移動する視点。黒い柱が縦のラインを引き、構図を引き締める。
阿浜はその柱にすがって嘆き、身を翻して左側に転じ、中景に重心を取る小舟のシルエットの手前で泣き崩れる。追う藤兵衛。
運動のリズムと構図のリズムが噛み合って相乗する画の強さ。

眠る夫と子を見守りながら繕い物をする宮木。
羽目板の隙間から眩い光が射し込み、強く重い黒を驚くほど軽やかに掃き出す。
ゴシック様式の教会のファサードから溢れる、ステンドグラスの光線もかくやとばかり。

色彩も陰影も空間をも含んだ“黒”の構築する画、その美事さに戦慄。すごいわー。





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