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「トロン:レガシー」 [映画]




’82年の「トロン」も予習して観に行きましたです、「トロン:レガシー」。3D吹き替え、IMAXシアターの大画面鑑賞。
3D上映で観るときって、字幕だと疲れる気がすんのね。やっぱり立体映像って見慣れないから、それなりに集中力が要るんだと思う。

いやこれはね、「きんもちええ~」です。シャキーン!のあの歌で発語したい。
画が気持ちいい。カッコいい。快。
シューッ!とか、シャッ!とか、ピピッ!とか、ピューン!、とか、子音s音とp音が炸裂しまくる気持ちよさというか。
シャープでスタイリッシュでスピード感疾走感全開で、エッジが冴えてクリアに明晰な映像がすっごく気持ちいい。
音楽もクールで研ぎ澄まされててかっちょいい。ベース音の重量感が堪らん。
“グリッド”だけでなく、現実世界の画ヅラもキレイだった気がする。ボケあしがキレイ。シャキッとピンが合ってるとこと、きれいにボケてるとこのバランス加減が気持ちいい。
街並みや、サムのガレージハウスやフリンのゲーセンなんかもいい雰囲気。

お話的には…、なんか、うーん(笑)。
27歳にしちゃ子どもっぽ過ぎないかいろんな意味でサムくん、とか、完全カンペキな世界を目指してる割には抜けまくりなクルーさん、とか、タイトル背負ってる割には全然お話に噛まないトロンくん、とか、いきなりアイソーとか言われてもさー、とか、またナゾのユーザーパワーが(笑)とか、つかそもそも質量保存の法則が、とか、いろいろとツッコミたくはあるんだけど、なんかもういいや。カッコいいし。
とりあえず、デジタル世界の設定があんまし意味なくって、単に「異世界」っていう捉えのファンタジーだと思ってみればいいのかなー、とか思った。

主人公がうっかり(父を追って、と言うよりついうっかり、て感じだったw)飛び込んでしまう “グリッド” は、デジタル世界であるはずなのにリアル志向というか、密に詰まってしっかり存在感のある世界観で、へえー、と思った。逆に’82年「トロン」はデジタルっぽさ全開だったからさ。
あんまりデジタルっぽくないっつか、そういうデジタル世界っぽさってどうしてもゲームっぽい画ヅラになるんじゃないかと思うんだけど、ゲームっぽい感じがあんまりないのね。
サムが戦いを強制されるゲームの場面でも、所謂TVゲームっぽい感じはしなかった。
もっとも、生活感漂うってほどのリアルではなくって、クリーンでスタイリッシュな、インテリア雑誌のグラビア的なつくりもの感ではある。
“グリッド”内の、市街や建物、設備や、父ちゃんの隠れ家インテリアなんかは、建築・インテリア雑誌にまんま載ってる感じ。
父ちゃん隠れ家のインテリア、電子光の粒が炎代わりの暖炉とか、透明アームのロココ風チェアとか、ニクいなあ。
ガラスや金属やピカピカな素材が効果的に使われてて、小物も凝ってて、もう、遠慮なく躊躇いなくカッコいいです。

擬人化されたプログラムである登場人物が着てる、ぴったりしたスーツもファッション的にかっちょいい。
これも、デジタル・プログラムっぽさじゃなくて、普通にボディ強調。胸板の厚さとか頑健なボディ、またはバービーみたいなトルソや長い脚を強調してる。
ネオン管みたいな光るラインも、デジタル世界のビットとか情報の行き交いを思わせるというよりは、ボディライン強調。
’82年「トロン」のキャラクターを継承するにしても、もっと極端に体型をデフォルメしたりCG効果で飾りをつけたりとか、いくらもデジキャラっぽくできると思うんだけど。あ、怪我してる人物の怪我部分がギザギザに欠けてて、あーいうのはデジっぽかった。
スタイリッシュでかっこよくって、埃とか汚れとかほつれたり破れたりもナイ、メイクもヘアスタイルもキメキメ、ファッショングラビアの国のオシャレ衣装とステキモデル。
サムが“グリッド”でゲームの為の身支度する場面、壁からサイレンていう女性たちがモデルウォークで出てくるとことか、ショウみたいで華々しくカッコよかった。
ゲーム場面のアクションとか負け戦士がキューブ状に砕けて壊れるさまなんかもモデルのポーズみたいな感覚で観てた。あれがもう気持ちいいんだわ、ガッシャーンて砕けるの。スカッとする。

ライトサイクルの光跡たなびかせるレースのシーンも、きんもちええ~、でした。スピード感、疾走感が堪らん。音楽にも高揚、PV的にもカッコいいかも。BGVにしたい。
あのマシンは、鑑賞後に「AKIRA」の影響がどうこう言ってる人がいて膝ポン。なーるほど。
でも実は、ドゥカティの方がカッコいいと思った。

そんな感じで「トロン:レガシー」はSF風味ハイセンスオシャレの国での冒険ファンタジーでした。


’82年「トロン」では、“グリッド”は文字通り、緑色の格子が真っ黒い背景に地面をつくりだしていて、コンピュータ画面を思わせる薄さ、ゲームっぽさ、奥行きのない、いかにもなデジタル世界で、それはその時代なりのデジタル情報世界のイメージを表してたのかなあ。
モノクロ撮影+手彩色でつくったという、あの特異な画ヅラは今観てもオリジナルでおもしろい。どんくさいけど、あれはあれで世界観できてる。
お話的にも、デジタル←→現実な行き交いがあって、“グリッド”世界の圧制者MCPをやっつけることで現実での社内政敵デリンジャーを失脚させる、てふうに繋がってて、デジタル化・情報化社会ていう設定をうまくつかってたと思う。ユーザーパワーはアレだけど(笑)。

で、「レガシー」ではそういうデジタル←→現実な設定はイキてないのよな。
今となってはインタネットも絡めてもっと生かせる設定もありそげな気もするんだけども、まーでも難しいのかなあ。







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コメント 2

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ヒノキオ

そうそう、トロンって大して意味ないんですよね

そのタイトルからしてトボけてる緩い感じが
ちゃんと前作から一貫しているのが妙に笑えました

合理的に脚本を詰めてるのに(本作はゆるゆるですが)
一方で各シリーズごとに漂う印象のようなものを
キチンと継承したがる繊細さがアメリカ映画の好きなところです.

あのバトルフィールドがバリンッて割れるのも気持ち良かったですね

アクションの後に必ずポーズを取ってフリーズするプログラム達も
マトリックス以降の流行をどこか茶化してるようにも見えてニヤニヤしていました

今年は無言で覗いてばかりいました,すいません^^;




by ヒノキオ (2010-12-31 00:10) 

シロタ


ヒノキオさん、コメントありがとう。
レス遅くなってすいません。

トロンの意味は前作でも「は?」でしたけど、今回もまた、ねえ(笑)
そっか、この意味なさ加減、継承してるんですね。ヘンなとこ律儀だなあ。

ヒノキオさんのレビューも拝読してました。
重さ、暗さ、鈍重さの指摘に得心です。
その重さの扱いに、全編を貫く美意識というかセンスを感じますね。
闇や黒の質感を丁寧に使い分ける感じ。


ぜんっぜん関係ないんですけど、このテイストで永野護の「ファイブスター物語」を実写化して欲しいな、とか思いました。
あのスタイリッシュwith重さ暗さ冷たさ、でファティマやモーターヘッドの造形が観たい。なんちて。


by シロタ (2011-01-06 15:57) 

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